ぽんぽこ日記

プログラミング、読書、日々の生活

大学生になりました

4月から通信制の大学に通うことにしました。 f:id:ponpoko1968:20180408101751j:plain

何を勉強するの?

京都造形芸術大学通信教育部 建築デザインコースというところで建築を勉強します。

www.kyoto-art.ac.jp

何で建築?

理由は2つあります。

1つめは、純粋に個人的な興味があったから。割合にするとこれが7割くらい。

以前から、ITとは異なる分野を体系的に習得したいとおもってました。

で、興味・関心を棚卸しする意味で、自分の本棚の本の構成を改めてみてみると、ビジネス書やフィクションを除いた本のうち、専門書では自分の専門であるIT技術書の次に多かったのが建築関係の本だったのです。*1

思えば、高校生の頃、気鋭の建築家とちょっと奇特な施主さんが家をたてるまで、という切り口で一軒の家が建つまでを取材した関西ローカルのドキュメンタリー番組を観て以来、建築への興味は持続的にもっていました。

なお、そのドキュメンタリー番組とは、後に日本を代表する建築家となる安藤忠雄氏の「細工谷の家」の建築過程を追ったものだったのです。施主さんと安藤氏の緊張感あふれるプロセスに肉薄した、迫力のある番組だったことが、いまでも印象にのこっています。*2

あまりにもその番組の印象が強かったのか、40歳を前にして自宅を新築するときも、ハウスメーカーから買ったり近所の工務店に頼むという選択肢はほとんど無くって、ほとんど迷わず建築家に設計・監理をお願いしたほどです。

また、筆者の専門であるIT開発の世界は建築の世界から多くの影響をうけてきました。アレキサンダーの「パタン・ランゲージ」からGoF本が生まれたのはあまりにも有名な話です。そういった形で以前から「なんとなく気になる分野」として脳裏に居座り続けていたのです。

パタン・ランゲージ―環境設計の手引

パタン・ランゲージ―環境設計の手引

そして、いま改めて考えてみると、この分野は筆者の思考や行動選択の傾向とも親和性が高い分野であるように思いました。

筆者はロジックを主として構成されるサーバサイドの開発よりも、人が直接触れるUI/UXを伴うアプリ・フロントエンド開発が得意としています。 UI/UXという「右脳」の部分と、アプリを成立させるためのアルゴリズムやデータ設計といった、ロジックの部分、「左脳」の部分が交差するところにやりがいを感じるようです。

前々職で所属していた純然たるシステム会社からKLab株式会社に転職する時も、いわゆる企画・クリエイティブ系の職種の人と一緒に仕事が出来ることが大きなファクターとしてありました。

「デザイン」という言葉は日本語ではどちらかというと、視覚表現で人の情感に訴える「意匠」という意味で用いられることが多いですが、本来は「設計」という意味も持っています。 まさに建築の世界も、構造や素材といった幾何・物理・化学で構成されるロジカルな部分と、感情に訴える美的な部分とが交わる分野と言えるので、そういった意味で共通点を感じたのかもしれません。

ダニエル・ピンクの「ハイ・コンセプト」で論じられているように、これからの時代はがちがちのロジック一辺倒で物事を進めるのではなく、人間の感情や情感と共鳴する仕事が重要となってくるといわれています。昨今AI脅威論の台頭とともに、人間にしか出来ないこととして、こうした考え方は信憑性が増してきているように思います。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

AIとBIはいかに人間を変えるのか (NewsPicks Book)

AIとBIはいかに人間を変えるのか (NewsPicks Book)

そういった意味でもクリエイティブ系の知識・スキルを身につけることは重要なのでは無いかと思いました。

2つめ、残りの3割は、建築を学ぶことであわよくば 建築×IT で仕事につなげられないかということです。

以前より常々思ってきたこととして、IT技術というのは、それ自体で世の中に受け入れられるものではなく、何かしらの産業分野と結びついてこそ成立するものであるということです。IT技術のみで全く新しい産業が生まれて発展することは非常にすくなく、何かの産業と結びついてその産業を発展させる、いわば触媒として作用するものではないかと思ってきました。

(余談ですが、唯一の例外はビデオゲームの分野で、ごく初期はアーケードの遊技機を電子化するという経緯をへたものの、ゲーム業界は初めてコンピュータありきの世界から生まれてきた、いまのところ唯一の産業ではないかと思います。職種としてはインフラエンジニアとか、ハードウェア技術者のように特定の他の産業と結びつかないものもありますが。)

何が言いたいかというと、IT技術の本質が、いわばこうした従属的な性格を持つ以上、IT技術だけが持てる唯一のスキルであるというのは若干危ういのではないか、という危機感から、何かもう一つの専門性を持っていた方が良いんじゃないかと思っていました。

この方向性については、まったく見込みがない訳ではなく、独立当初よりお手伝いさせていただいている会社がエンジニアリング分野に強く、筆者も、建築・建設の現場でのニッチな要求に応えるようなスマホアプリを何度か開発に貢献した経験があり、市場も一定の大きさを持つ領域なので、何かしらやれることがあるのではないかと思っています。

どこを目指してるの?

まだ分かりません。

齢50才にして再び大学生です。文字通り五十の手習いという訳です。

かつてスティーブ・ジョブズは大学時代(評伝によると、実際には退学した後勝手に授業に潜り込んでいたのですが)、興味の赴くままカリグラフィーの授業を受けて、そのときの経験が、のちにMacintoshに多彩なフォントを搭載するというアイデアにつながり、デザイナーの支持を得て製品のヒットにつながったといいます。


スティーブ ・ジョブズ・スタンフォード大・卒業式スピーチ・2005年 Steve Jobs  Stanford 式辞

このことを称して、彼は

Connecting The Dots (点と点がつながる)

と表現しました。

you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life.

繰り返しですが、将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳 :日本経済新聞

カリグラフィーとコンピュータという一見無関係な「点」が、予想外のところでつながったのです。*3

現実問題、卒業までの単位修得にはたくさんの課題を一定以上のクォリティでこなしていかねばならず、本業との両立がはたして可能なのか、不安もありますが、新しい分野を学ぶワクワク感も同じくらいあります。時間と体調管理をしっかりして進めていきたいと思います。 点と点はいつかはつながるとおもってますが、性急に結果を求めるのではなく、海図ではなく羅針盤をもって進んでいきたいと思います。

今後、建築を学ぶ過程については、今後は下記リンクの、別のブログで綴っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

learning-architecture-over50.hateblo.jp

最後になりましたが、通信教育で学んだ先輩のブログには勇気づけられました。紹介させていただいて感謝の気持ちとさせていただきたいと思います。

blog.livedoor.jp

*1:このブログのカテゴリーにも、唐突に「建築」というタグがあることに気づきました。あと「自転車」もw

*2:調べたところ「ドキュメンタリー 家」(1986年)という番組だったそうです。ということは大学1年生だったのかも。ネット上で観ることは出来ないようですね。安藤忠雄|あんただ 冒険の旅 -2ページ目

*3:藤原和博氏が提唱する、100人に1人くらいの専門性を複数組み合わせて持つことで唯一無二の存在になるという考え方にもつながるように思います。