ぽんぽこ日記

プログラミング、読書、日々の生活

前職の社長が地雷クライアントだった件

この記事は「フリーランス残酷物語 Advent Calendar 2016」 16日目の記事です。

独立してかれこれ3年になりますが、おかげさまでお客様にも恵まれ、実際のところそんなに残酷な目に遭ったことはないです。このエントリもどっちかというとフリーランス残酷物語と言うより、フリーランスから見た「成長し損ねてただの零細企業になっちゃったベンチャー企業あるある」みたいな話ですけど、フリーランスに限らず、エンジニア人生と会社の関係について考えさせられる出来事があったので、書きます。

単なる愚痴・悪口やポエムにならないよう、残念なエピソードからも出来るだけ前向きな教訓を伝えられるよう、荒い言葉を使わずエンジニアになって日が浅い人の役に立てばと思って書きました。特定の個人や団体を誹謗するつもりは毛頭ありません。参考になれば幸いです。

(まあ、波風は立てたくないんですけど、たまにはアカンものはアカンって言うのも大事かなと思って。)

@pugiemonnにも励まされましたし。


ある夏の日、十数年前に働いていた会社の社長から、「うちも遅ればせながらiOSアプリ作ろうと思うんだけど、相談に乗ってくれない?」と連絡が来ました。

近所の喫茶店で会うことにして、久々の再会を果たすと、挨拶もそこそこに、鼻息も荒く新しいサービスの構想を話し始めるのですが、どうにも要領を得ない。かろうじてわかることは、位置情報と連動させたVoIP通話アプリということだけ。

(どっかで聞いたようなサービスだな。。。)

「もう少し具体的に話してもらえませんか?」

「んー、どうしようかなー。これは素晴らしい事業アイデアなので、真似されると困るから、手伝ってもらえるんならNDAを結ぶから、そのあと話してあげる」(ドヤ顔)

(....はあ?そのアイデアが本当に素晴らしいかどうかは、他人に話してみて始めて分かることだったり、リリースしてからようやく市場が決めることだとおもうんだけど。。。)

「あ、そうだ。このプロジェクトのコードネームは教えてあげるよ。『******』っていってね。この名前に込めた想いは。。。(以下、しばらく流行のバズワードをちりばめたポエムを聞かされる。それにしてもいつまで経っても若僧あつかいだな。テム・レイに再会して「最新型の回路」をみせられたアムロはこんな気分だったんだろうか)」

(1ビットたりとも動くものがないのにコードネームと来たよ。コードネームはNDA対象外なのかな?)

その後も、「愚痴を言うつもりはないんだけど、社内では僕のこだわりを理解してくれない」(言ってるじゃん)だの、いろいろ愚痴が始まりました。

(ああ、そうだ、この人は前からこういう人だったな。。。)そう、こうやって書いていると、だんだんその会社で働いていた頃の日々がよみがえってきたのです。。。


その会社はインターネットの黎明期に創業した会社で、創業から一定の期間はある技術を扱うユニークでとがった会社として業界で名をはせたこともありました。その技術に惹かれて、優秀なエンジニアが集まっている会社でした。ですがその後、営業上の理由からその技術を捨てる決断をしたため、その技術に思い入れがある優秀なエンジニアは一人、また一人と去ってしまいました(当然ですよね)。

もしそのときにこの技術を捨てなかったとしたら、営業的につらくなって会社がなくなっていたかもしれませんが、うまく乗り切れば優秀なエンジニアも残って全く違う会社になっていたかもしれません、技術を選ぶことは文化を選ぶことだとつくづく思います。

ともあれ、ちょうど僕はそうした端境期にその会社に入社しました。

当時の上司は、プログラムは出来るもののIT業界の右も左も分からない僕に、見積もりや障害時のクライアント対応を始め、業界でやっていくための、いわゆるSE的な仕事の仕方を教えてもらいました。その人にはとても恩を感じているのですが、そうはいってもあまりにも人間関係が閉塞的な会社でした。プリマプログラマ*1が幅をきかせていたり、全体的に人格にかなり問題のある人たちだけ*2が残ってマネージャとして部下を苦しめていたり、いつしかとても風通しの悪い職場になってしまっていました*3

この会社での日々を書くことはこの記事の内容とは直接関係ないので、一例だけ挙げると、ここでは、社員が終業してオフィスから出るとき、誰一人として「お先に失礼します」の挨拶をしない会社でした。社外から電話がかかってきても、担当者が晩ご飯に行ったのか、帰宅したのか分からないくらいコミュニケーションがない会社でした。アルバイトで入った事務職の女性だけが、意識してのことだと思うんですが、大きな声で挨拶をして帰っていたのが印象に残っています。

不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書)

不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書)

くだんの社長は、新規事業を開拓しようとしては、その実現性の低さ、ビジネス性のなさのために他の役員からの賛同を得られず、社内の開発リソースを確保することが出来ないと言うことを繰り返していました。そうした軋轢によって、僕を含めエンジニア陣が社長と他の経営陣との板挟みに合うこともしばしばでした。そういえば当時からシステムの概要も何も決まってないのに、ネーミングにはこだわって結構な費用でロゴのデザインを発注して周囲をあきれさせたことがありました。昔からそういう人だったんですね。関西の言葉で言うと、「ええかっこしい」です。そういうことをして許されるのはスティーブ・ジョブズだけですよ。

よしんばリリースまでこぎ着けたプロダクトも、全くといっていいほど売れず、大多数のエンジニアは既存の製品を受託開発でカスタマイズする案件をひたすらこなす日々が続きました。

僕自身も、プログラミングの腕を上げたくて入社したのに、コーディング作業はプリマプログラマの専権事項であったので、顧客対応や品質管理などで明け暮れて疲弊していきました。結局、この5年間は皮肉なことに人生で最もコードを書いていない期間になってしまいました。*4

会社から「頼りにされる」危険性 - yvsu pron. yas

そんな日々が続いて、3年目に転職を考え始めてから、2年かかってようやく別の会社に転職できました。上述したように仕事を学んだ時期も有り、それに報いるという意味では入社して最初の3年間には意味があったと思えるものの、残りの2年間は時間を無駄にしたと後悔しています。


…話は現在に戻ります。

「…で、やってくれる?」

「いえ、お手伝いしません。お断りします。」

「え、本当に良いの?仕事欲しくないの?

本当に良いです

現実問題として、向こう半年間は他社さんからもいくつかお仕事のお話はいただいている状況だったので、サービスの概要がもうすこし分からなければスケジュールの組みようもありません。

そして、はなから僕が仕事にあぶれているとの前提で、仕事をぶら下げたら首を縦に振るだろう、と言わんばかりの物言いには不快感を禁じ得ませんでした。

この場はこれまでとなり、社交辞令程度に技術的な相談くらいなら乗りますとはお答えして分かれました。

あれから半年ほど経ちましたが、その後何かサービスが出たという話は聞きません。

顛末はここまでです。

フリーランスになってもっとも残念なエピソードが、自分のいた会社の社長がもたらしたものというのは、苦笑せざるを得ないです。情けないやら悔しいやら。地雷クライアントが社長なんだから、会社の中はそりゃそうなるわなというわけです。こういうことは一旦外に出てみないとなかなか気づきにくいのです。偉そうなこといろいろ書いてますが、今回に関してはもともとこうなることはうすうす分かっていたにもかかわらず、自分の貴重な時間を無駄にした自分の判断にも、恥ずかしく思う限りですが、もし初対面だったらもっと振り回されてたでしょう。いくつかの学びを得て、こうしてブログを書けたので良しとしたいと思います。

振り返り

さて、当日はかなり感情的にもなりましたが、この件から数ヶ月が経ち、この日のことを冷静に振り返る余裕が出来ました。

このとき逆の立場で、本気でエンジニアに参画してもらいたいのであれば、取るべきベストな方法はどうだったかを考えてみたいと思います。

まず、知財を管理することの重要度が増している昨今、受託の可否にかかわらず最初にNDAを結ぶのはそれほど不自然なことではありません。「これは会社の決まりだから申し訳ないけどお願いしたい、あなたのことを信用してないわけではないし、今後あなたに不都合になることはない」旨、NDAの条文を説明して、その場で僕にサインさせれば良かったのでは無いかと思います。

その上で、プロジェクトのステータスを説明し、アプリの仕様からこれからやるべき作業に落とし込んで提示して、やれること、やるタイミングを、先方(=僕)のスキルとスケジュールをすりあわせて、見積もり可能な状態までコンセンサスを持って行けば、普通の開発案件として粛々と進められたはずなんです。(コードネームに込められたポエムなんてまったく必要ない情報です)

要は言い方とか、物事の順番ではなかったかと思います。おそらく、長年細かな交渉ごとやプロジェクト管理を人任せにしてきてどうして良いか分からなかったのでしょうね。

教訓

この話を自分なりに振り返って、下記のようなこんな教訓があるんじゃ無いかと思いました。

当事者意識を持って事に臨まなければならない

今回、話を聞いている間中、どこかしら他人任せの印象がありました。

「エンジニアがいないなら自分で勉強して、プロダクトは無理でもプロトタイプくらい作れば良いんじゃないですか?」

「僕はもうそんな歳じゃないし」

世の中には、なんとかして自分のサービスを成功させたい人*5がいっぱいいるわけで、誰だって、どっちか選べって言われたらそういう人をお手伝いしたいですよね。こういう、はなから他人任せの人って、うまくいかないと周りのせいにし始めるんじゃないかと思います。あまり近づかない方が良いです。

人の入れ替わりがない組織では、人間は成長しない

上述のように、私が在職していた頃から十数年経つのに、社長は「社内で自分のアイデアに理解が得られない」「協力してくれない〜が悪い」など、当時と同じ愚痴を言っているのを見て恐怖すら感じました。エンジニアが板挟みにあっているのも全く同じです*6。メンバー構成が変わらない集団では、組織の問題は改善せず、人は成長しないのっていうのが真実だと心底思い知らされました。

人に動いてもらうには、人を信頼し、相手の立場に立って考える

一般的に、アイデアはどんどん発信すべし、と言いますよね。今回の件で、これは「私はこのアイデアに本気ですよ、あなたに協力して欲しいし、あなたのことを信頼しているから全部話しますよ」というメッセージを伝えろと言うことなんだと思いました。

なにかやりたいことがあって、他人の協力を得たいのであれば、自分のアイデアは最大限オープンに話すべきです。相手を信頼しないのに、相手が動いてくれるわけがありません。 また、自分のアイデアと同じくらい相手のことをおもんばかる、わからなければ率直に訊ねることで信頼感が生まれます。自分の言いたいこと、やって欲しいことだけを一方的にまくし立てても人は動きません。

会社は結局社長次第

ここまでこの文章を書いて気づいたのは、結局この人は、上述のように問題のある人物を野放しにしてきたなど、経営判断としてやるべき事をやらず、数々のチャンスの芽も自ら摘んでしまってきたんだろうな、ということです。

この方自身は、人柄的には決して悪い方ではなく、プライベートではボランティア活動などもされているようです。しかしいい人=良い経営者であるわけもありません。絶望的なビジネススキルのなさで結果的にエンジニアを苦しめてしまっていることは、結局は存在そのものが罪です。

結局会社の伸びしろは、社長の器に大きく左右されるということです。あたりまえですけど。僕がこれまで知り合った、事業を成功させたり、すくなくとも軌道に乗せてきた起業家の人たちをみてると、事業の内容も年齢層もまちまちですが、人格、判断力、人脈、ビジョン、行動力、根気*7の総合力の総和で会社の成長が決まっている気がします。もちろん人間対人間の部分で、正当な働きをした人間には感謝と敬意を持って接する人たちであることは言うまでもありません。

昨今の起業ブームの中、起業を志す知人などに、一緒にやらないかと誘われるエンジニアもいらっしゃるかと思いますが、こうした良い起業家、そうでない経営者を見抜く力もエンジニアは必要だと思いました。じゃあ、どうやって見抜く力をつけるのか、という問いに答えるのは難しいですが、そうしたことを意識するかしないか、だけでもずいぶん違うのではないかと思いました。

HARD THINGS

HARD THINGS


あとまあ、今回の件とはちょっと離れますが、昔のことをおもいだすと、こんなことも思いました。

人格面に問題のある人は入れてはいけない

ただでさえ複雑な人間関係がさらに悪化します。ひどくなると周りの人の心が病んでいきます。そうした人に会社が対処しないのなら、さっさと場所を変えた方が良いです。

一歩踏み出す勇気を持つ

振り返ってみて、転職を決意してから会社にいた2年間はこれまでの人生の中でもっとも無意味な期間の一つと言えます。

「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

日本経済新聞「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳より

何もせずに状況が良くなることはありません。

人生は限りがあります。今いる環境に見切りを付けたら直ちに行動した方が良いと思います。経験が少ないエンジニアの方は「どこでもこんなものだろうし、我慢するしかないかな」って思いがちです(僕がそうでした)。でも探せば、人それぞれ自分に合った環境が見つかると思います。まして心身を病んで人生を棒に振るなんてもってのほかです。 会社というのは片道切符の星間宇宙船ではありません。いつでも途中下車して他の乗り物に乗り換えれば良いと思います。

あすはakiraakさんの、「 納品物 - Qiita」です。

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ponpoko1968.hatenablog.com

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*1:プリマプログラマ(prima donna programmer)とは、Joel Spolskyが記したJoel On Softwareというソフトウェア開発にまつわるエッセイ集の一節に出てくる言葉で、優秀であるが故にわがままが許され、実際わがままなプログラマのことを指します。

*2:たとえば、遅刻の常習者で午後から出社しては部下の仕事にネチネチと因縁を付ける人とかいました。僕はその部署ではなかったので、直接被害に遭ってませんが、彼の部下の中からは心を病んだ人が出ました

*3:最初からここまで雰囲気悪かったわけではなくて、いい人が少しずつ抜けていって、あんまし性格が良くない人(というかかなり人格に問題がある人)が入ってきたりして、まさにユデガエル的にじわじわと悪化していったんですよ

*4:サッカーに例えると、自分のポジションに絶対的存在の選手がいるようなチームに加入してレギュラー獲るようなものでしたね。レギュラーを獲れなかったのは自分の実力不足でしたが、そもそも成長したいなら自分のポジションでレギュラーでプレイできる可能性が高いチームを狙わなければいけませんでした。追記「○○さんさえいれば他のエンジニアはすべて替わりがきく」といった趣旨の発言を聞いたことも思い出しました。泣ける

*5:作りたいサービスのために一からプログラミングを勉強した、なんて話はいまどき珍しくもありません

*6:心当たりのあるエンジニアの方はさっさと逃げ出しましょう。貴重な才能と人生の貴重な時間を、自分のために集中して発揮できる環境に移る方が得策です。

*7:今の言葉でいうとグリットでしょうか

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